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国平四郎氏に逮捕状

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年 9月 4日(木)11時28分53秒
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  これは某所から問わず語りに入ってきた情報ですが、我々の教会の再建の動機を強
めるためにここに書いて保存しておきたいと思います。

元日本教団総理の国平四郎氏に逮捕状が出ています。ということはまだ逮捕されて
いないということです。逮捕状を出したのはマカオ政府です。どういうことかと言
いますと、今は昔1983年頃、国平氏が中国に返還される話のあったマカオの政府に
話し込んで、中国に返還されて個人資産が中国国家に接収される前に南カリフォル
ニアの「広大な土地」に投資して、そこにショッピングセンターを作り資産保全を
はかりながら、マカオの産業を移築したりマカオのギャンブル産業のノウハウを利
用して殖産興業をしようと持ちかけたのだそうです。そういう計画のために在米の
国平学級の岡藤の同級生達が走り回っていたのだそうです。結果的にマカオの資産
家やマカオ政庁はかなりのお金を南カリフォルニアの砂漠の荒地に投資させられる
羽目になり、しかもその土地は国平とは全く無関係の土地であり、結局は詐欺だっ
たとわかって、マカオ政庁から国平元総理に対して逮捕状が出たという次第です。
しかしながら、まったく残念なことにマカオ政庁は国際刑事機構に加盟していない
ので、逮捕状を出してもアメリカの警察に逮捕を依頼することが出来ずに今日に至
っているとの由。もちろん国平が今マカオに行けばすぐ逮捕される訳ですから、彼
としては死ぬまで絶対にマカオには行けないのです。彼の息子もその詐欺事業に名
前を連ねていたのでその息子にも逮捕状が出ている筈だということです。

 「金太、マカオに着いた」  ((c)嘉門達夫)

1983年といえば私がロマリンダ大学の医学部の一年生だった頃です。その頃の記憶
を遡ってみますと、ちょうど同じ頃ですが、彼は両洋学園の買収に忙しく、京都と
ロマリンダを往復している最中でした。日本ではアムウェイの製品を教会に紹介し、
これを教会で売って将来の日本からの留学生の基金にするといいながら結果的にそ
のお金が使われたのは自分の馬鹿息子だけでした。家はバートン通りに面して質素
なオレンジ畑の端にありましたが、その割には金使いが荒く、大学の歯学部に所属
する心理学博士などという頓珍漢な肩書きでそれほど大した収入があるはずがない
のにどうしてそんな生活が出来るのかと考えて見ますと、ちょうど日本で原宿の中
央教会を森ビルに、楢葉キャンパスを日本石油に売り飛ばしてその礼金が入ってい
たのだろうと思います。そして私をつかまえては何かと「日本の教団は私の息のか
かった立派な弟子たちが支えているから安泰である」とか「長谷川君は医者に向い
ていない。教団の事務でもやったらどうか」とほざいていたものでした。私はその
時からこいつは少しおかしいぞと気がついていましたが、裏ではこうした破廉恥な
集金活動をしていたのです。そういえば国平氏は、私の家内に(結婚したのは1985
年ですから、その年のことでしたが)日本からの企業を誘致するためのパンフレッ
トの日本語訳を添削してくれと頼みに来たことがあります。見ると冒頭に「日本の
金満家のみなさん」
などと書いてあり、可笑しいのでそのままにしておきなさい
と言って訂正しないで戻した覚えがあります。今にして思えばマカオに売ろうとし
た「物件」の売れ残りを当時エコノミックアニマルと言われていた日本人に買わせ
ようとしていたのでしょう。

結局、日本の教団を振り回し三育をズタズタにし私物化し打撃を与えてきた元総理
というのはこういう品性下劣のクズ人間であったということを覚えたいと思います。
 
    (牧師) 参考までに付け加えておきますと、サンノゼの日本人教会と東西学院で発生した献金横領事件にも国平氏は関与しています。この事件では当時の北カリフォルニアのSDAカンファレンスは事態を座視するのみで全く動きませんでしたが、教会員の有志の内部告発があり、その結果カリフォルニア税務局が脱税と教会献金の二重帳簿を摘発しました。しかし、老後の備えの為に、といって甘言で投資をさせられた多くの教会員の財産は失われ戻って来ることはありませんでした。発覚したのは1986年の事でした。ロマリンダの「日本人教会」で、医学部に留学しに来ていたカトリックの方で我々の教会の土曜安息日にしがらみで来ておられた方がありましたが、国平がその人を教会役員にしてしまったのもそれと同じ頃です。こうして振り返ってみると国平四郎はSDA教会の為に何の良いこともしてこなかったと改めて悟らされます。この人が据えた歪んだスタートポイントの上に岡藤から現在の教団の東海林に至る無能な日本人教団総理の系譜と伝説が築かれてきたのです。教会は悔い改めてこの穢れた系譜を功績の全否定と共に一掃しなければなりません。  
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