投稿募集! スレッド一覧*投稿の新着順に表示されています

  1. No.1:教会の再建について(1)
他のスレッドを探す

*掲示板をお持ちの方へ、スレッドは管理画面より作成することが出来ます。
*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:336/1953 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

ロマリンダの教訓 1

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年 9月21日(日)21時52分2秒
  通報 編集済
  ロマリンダなどで見聞きした教団指導者のスキャンダルのうち、一般教会員にとっ
てそれを知ることは有益であると判断されるものについてはこれからここで公開し
て行こうと思います。そういうことをするのは神の愛の精神に反するという批判は
筋違いです。なぜなら聖書も私と同じ事をしています。歴代史、列王記は実名でイ
スラエルの王のスキャンダルを語り後の人々の霊的教訓としているからです。以後
この関連のエピソードは、「ロマリンダの教訓」というタイトルで語られます。

ロマリンダの教訓 1

ある安息日、「ロマリンダ日本人教会」の礼拝説教が行われようとしていた。その
日の礼拝説教はその当時大学病院でレジデントをしていたドクター波平によって行
われることになっていた。献金が行われ、賛美歌の斉唱が終わり、いよいよ礼拝説
教がはじまろうとして、ドクター波平が集会室の説教壇に立った時、誰かから説教
の開始に待ったがかけられた。説教をはじめるなというのである。待ったをかけた
のは国平四郎であった。教会長老の糸永氏はどうしていいかわからないでおろおろ
し始めた。当日の説教者が前に立っても一向に説教が始まらず、そこに集まってい
た人たちはザワザワし始めた。どうして説教が始まらないのか、何かあったのか、
と互いに顔を見合わせて雑談を始めた。そのような気まずい雰囲気はおよそ15分に
及んだ。国平は「日本から偉い先生がいらっしゃいましたので、説教をその方に譲
って下さい」と言い放った。一体誰が日本から来られたのだろうか、と教会員は固
唾を呑んでその者が教会に現れるのを待った。実に30分を経過してから、その偉い
先生がやってこられた。なんとそれは高橋義文氏であったのだ。彼は頭を掻いて時
差ボケで寝坊して遅れたと言った。しかも彼はその安息日に礼拝説教をすることは
聞かされていなかった。そこに来てはじめて彼は自分のために礼拝説教を準備して
いた当事者が礼拝を始める事ができず、礼拝の何の準備も無く遅れて来る者のため
にホールドされていたのを知った。国平も高橋も教会員や波平氏にわびる一言もな
かった。結局、その日の礼拝説教は高橋義文のその場しのぎの内輪の組織のいい加
減なこぼれ話にもったいぶった聖書の引用をはりつけて体裁を繕って終わった。私
は国平氏にこれは礼拝に対する冒涜であると言った。彼はニコニコして私の譴責が
聞こえないふりをしていたのである。

教訓
歴代志下26章を読んで下さい。ウジヤは神によって王に立てられていながらどうし
てライ病になったのですか。彼は僭越に神の神聖な場所に割り込んだからです。礼
拝は神聖な行為であり、心を捧げてその備えをしている者がつかさどるべきであり、
祈って準備をしてきたものに司式権があります。機関で高い地位にあることなど神
聖行為に介入出来る理由にはなりません。たとえ王であっても礼拝の司式の権威が
愚直に守り通さなければなりません。準備も何も無い通りがかりの者に司式権を渡
すのは神の前で不遜な越権行為とみなされます。
みなさんの教会でも、信徒の方がその日の礼拝の準備をしているならば、予告も無
く現れた偉い先生に礼拝の司式の場所をけっして不注意に明け渡して礼拝を汚して
はならないのです。組織で地位が上であるという事は何の意味も無く、礼拝の優先
権にはなりません。神のその時その場所での召しが重要なのです。その罰はらい病
であり、教会の混乱と崩壊につながってゆくのです。事実そういうことを平気でや
ってきたロマリンダの日本人教会は衰退して行きました。
 
》記事一覧表示

新着順:336/1953 《前のページ | 次のページ》
/1953