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神に救われし者さんという方が下に一連のお苦言を呈しておられますが、それ自体
は当理事会は歓迎するものです。しかし、一つ残念なことがあります。嵯峨野教会
の内容によって傷ついている人がいるというのですが、それが事実であるなら、羊
を守る誠実な羊飼いならば私のところに抗議するなりしてなんらかの羊を守るため
のアクションを起こすはずです。私が教団指導者であれば断固身を投げ出しても信
徒を守るために誤謬を垂れ流して羊を惑わし傷つけるライオンや狼と戦います。神
に救われし者さんが現に傷ついているもの、憤っているものがいるというのに、な
ぜ牧師たちは無責任に「放っておけ」として何もしないのでしょうか。はっきり言
いますがもし彼ら(牧師たち)が教団の雇われ牧師ではなく自給自営の独立教会の
牧師であったなら、嵯峨野教会理事会は当の昔に魂を守るために激しいバトルの場
になっていたでしょう。そうならず、放置するばかりで無為無策、聖書の知恵を語
らず教団の指示に従えば事なきをえられるという姿勢に(今に始まったわけではな
い)牧師の職務の不熱心さが見えるように思います。愛が無いのでしょう。
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