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聖書研究室に於かれますお話では、
我々のイエスキリストに対する信仰によって、約束が与えられると言うのでは無く、
イエスキリストが持っておられたイエスの信仰によって、約束が与えられるのですと、
仰せになられておられますが、
今は亡きサンフランシスコのSDA教会の牧師様は全ての人間の犯す罪はあまりにも深く
その全ての罪を負いキリストが亡くなられたのです。
キリストの死によってのみ人間の犯した罪があがなわれたのです。
そして、キリストを神と信じ、洗礼を授かり安息日を聖なる日と守る事により
命の書に名前が記されるのです。
人間はキリストの戒律の全てを守る事は出来ないでしょうから、
戒律の内で残された安息日の土曜日を守りなさい。
その日は、人間と神とが接する事のできる聖なる日です。
また、この教会に十字架が無いのは、十字架はキリストの処刑に異教徒が
使用した道具にすぎず、如何なる偶像も拝んではならないし、
キリストの言葉は、聖書の内にのみありますから、
聖書の言葉の答えは聖書の内より得られ、如何なる言葉も聖書に書き加えては
なりませんと、仏教徒である私にお教えくださいました。
すでに、約33年以前に渡米留学中にSDA教会キリスト教徒の親友に
誘われて、サンフランシスコのSDA教会を訪問させていただき
聖書の黙示録についてお話を拝聴させて頂きました時の
牧師様よりのお話ですので、牧師様のお言葉を全て正確に
再現させていただいておりますものでは御座いませんが、
出来る限り牧師様のお言葉を記憶にしたがい表現させていただきました。
勿論、キリストの教えを全く知らぬ私をご配慮くださり、仏教徒の私に
解かりやすくお話くださいましたことと理解いたしておりますが、
前述の解釈に異なりがある様に思い、解からなくなりましたので、
牧師様にご教示戴きたくお願い申し上げます次第であります。
牧師様に於かれましては、ご多忙の折に誠に恐縮に存じますが、
何卒ご教示賜りたく謹んでお願い申し上げます。
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