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日本のSDA教団には、昔から有能な若い人を留学させて育てるための奨学金制度があ
るといわれてきた。しかしこれはとんでもない偽善に満ちた制度ともいえないいい
加減なものであったことを以下の連載で説明する。登場人物の敬称は略する。
そもそも戦後しばらくは一般の日本人は留学も出来なかった。SDAの日本人も同様で
あったが、その当時は日本教団の外人宣教師の総理に推薦状を書いてもらって、世
界総会か極東支部のサポートで行っていたのである。岡藤も留学経験があると言っ
ていたが、実は一年も行ってはいない。PUCでそこそこクラスを取りながら、サンフ
ランシスコに行っては酒盛りをしていたという話はサンフランシスコの日本人教会
では有名であった。衛生病院院長となった林高春はフルブライトで行ったのであり、
教団から奨学金を貰ったわけではないが、渡米にはやはり外人総理の推薦状が必要
であった。以後、日本が高度成長期に入るまで、教団からは散発的な留学者があっ
たが、それはその時々の必要に応じて極東支部が出したり、世界総会が出したりし
ていたのである。神の働きのために献身を決意している者に出資するのだから相手
を信頼して利子も返済期限も設けず、実におおらかなで、今は死語となったが「親
方日の丸」というようなものだった。教団がまだ聖書の戒めと証の文の原則に愚直
に忠実な時代であったから、神の祝福でそこそこ潤っていたのである。
(続きます)
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