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連載は続きます。
広島三育の増築の手間を省き、教団幹部子弟を三育に入学させない分だけ教会員か
らの受け入れ枠を増やし、かつアメリカに遊学させてもっとましな教育が出来ると
いう三拍子そろった甘い考えで子弟を留学させようと言うのが教団の奨学金制度の
走りだったというのが前回までの連載のあらすじである。そこに医者になりたいが
安息日問題があって日本国内で教育が受けられないという教会員の子弟が集まって
きた。留学を斡旋するのは教会指導者の子弟だけという認識だった教団の誤算が生
まれた。
そこで病院奨学金制度が作られた。それによると教会の品行方正な青年に利子つき
で留学の学費寮費などを貸与し、卒業をもって返済義務が発生するが、アドベンチ
スト病院で7年間働けば返済を免除すると言うものだった。また、飲酒・姦淫など
教会の原則に反する行いが発覚した場合は奨学金を停止し即時全額返済を求めると
言う規定とともに、教団機関で働かない意思を表す者にも返済を求めるものであっ
た。こうした規定は、後でも執拗に本郷院長の息子のケースなど具体例を述べるが、
まったく徹底されないで無視されているのである。何はともあれ、これははじめ教
団が貸し付けるという名目であったが、授業料の高沸の所に貸与希望者が何人も集
まり、結局日本の三病院にそれぞれ割り振りされた。廣田、新原、西浦は東京衛生
病院から、山下、松本、南は神戸からという具合だった。波平は病院奨学金制度が
出来る前に応募して教団から迷惑がられた挙句、極東支部からの奨学金を受けた。
安息日問題で日本の医学部中退を余儀なくされた長谷川は教団に血縁も何も無く親
も教会員でない最も奨学金を受けるに値しないものとみなされたが、地方教会から
の推薦を無視することが出来ず、結局波平と同じように極東支部の奨学金を要請す
ることとしたが、極東支部が医学部授業料の値上がりで経済的に続かないという理
由で拒否をしてきた。そこで教団は長谷川の奨学金を沖縄が工面するように求めた
が、沖縄OMCの経済力ではそんな出費はできないと断られた。当時神戸の事務長であ
った井上は直接長谷川という者に会わなければ受け入れも拒否も出来ないはずだと
言って長谷川を沖縄に送り関係者に面接させた。それでもやはり経済力の弱小はど
うにもならず、結果的に沖縄OMCが奨学金のスポンサーになるという体裁をつけて実
質は教団が出すことになった。結構な紆余曲折があった。また今では考えられない
ことだが、ロマリンダ大学歯学部を志願していた教会関係者、長老の息子たちが3
人一度に奨学金を切られることがあった。それはパーティでビールを飲んでいたの
が目撃されたからだと言う説明がなされた。しかし結果的に見れば彼らの親たちは
どちらかというと裕福な親たちでそもそも教団の奨学金などはじめから必要が無か
ったのである。その一方私は野口とかそういう将来の教会のために働くのが明らか
(に見える)で神の戒めと原則に忠実な青年をサポートしないのは教団の損失にな
ると訴える手紙を書いて奨学金貸与を促したこともある。
(どんどん続きます)
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