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ある読者の方からの投稿を下のように受理いたしました。
イザヤ書8章19、20節を引用します。
●新共同訳
19 人々は必ずあなたたちに言う。「ささやきつぶやく口寄せや、霊媒に伺いを立
てよ。民は、命ある者のために、死者によって、自分の神に伺いを立てるべき
ではないか」と。 20 そして、教えと証しの書についてはなおのこと、
「このような言葉にまじないの力は」ないと言うであろう。(引用 終)
●岩波書店版 旧約聖書 預言書(イザヤ書 エレミヤ書 エゼキエル書 十二小預言書)
19 彼らはあなたたちに向かって言う、「死者を呼び出す霊媒、占い師、さ
さやく者、告げる者らに尋ねよ」、と。民は生きている者たちのために死んだ
者たちに[尋ねるの]ではなく、自分の神にこそ尋ねるべきではないか。
20 教えと証言にこそ尋ねるべきである。もし彼らがこの言葉に従って語ら
なければ、その誰にも夜明けはない。(引用 終)
※19節 [尋ねるの]は訳者の敷衍です。[ ]も原文のまま。
※20節 『夜明けはない』の『い』に数字「五」が付せられて、欄外に注釈があります。
【欄外注釈の引用】 原語シャーハルを47章11節に従って「夜明け」では
なく、「まじないをする」の意味にとり、「もし…なければ(イム・ロー)」
も二重否定の強調と解すならば、「まじないをすることなどない者に対して、
彼らは必ずこの言葉に従って話さなければならない」という別訳も可能である。
しかし後との続き具合は本訳の方がよいであろう。なお「彼ら」の一人ひとり
に注目して「その誰」「彼」と続く。(引用終)
新共同訳と岩波書店版とでは、19章のカッコ「」内に入る文章の長さが異なります。
新共同訳では、文章全部を「」に入れています。「死者によって(霊媒に伺いを立て
て)、自分の神に伺いを立てる」とはおかしな表現です。岩波版の「」の範囲が正し
いと思います。これは、口語訳、新改訳でも同じです。新共同訳、イザヤ書8章20節
になぜ「まじない」という語句があるのか長らく気になっていました。英語聖書に
も「まじない」に該当する語句がありません。それぞれ別訳の2冊のドイツ語聖書
にも見当たりませんでした。全ての言語の聖書をチェックするのは無理です。ここ
では、岩波書店版の翻訳のポリシーを支持したいです。
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