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うう〜ん・・・。迷って参りました。

 投稿者:金木犀  投稿日:2009年 6月20日(土)14時15分2秒
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  長谷川先生、前回は御返信、どうも有難う御座いました。


長谷川先生の管轄されるこのSDA嵯峨野教会に通う内に、なんだか私には少し迷いが生じて参りました・・・。
私の旧ブログを御覧になって頂ければお分かりになる通り、僕は学歴主義者です(苦笑)
長谷川先生は国立大学医学部に入学し、アメリカ合衆国で医師免許を取得されました。
これは日本国の最高学府たる東京大学卒業者の学歴をも遥かに凌駕しております。
ですので、僕は個人的には長谷川先生は、少なくとも絶対に的外れな心無い発言などする筈が無いと確信しております。

僕は国立大学歯学部卒で某国立病院機構の研修医で、長谷川先生には到底及びませんが、それでも世間一般ではエリート呼ばわりされます。実際、某地方SDA教会でいつも僕はチヤホヤされておりました(笑)

つまり僕が言いたいのは、長谷川先生の様に本当に高学歴の人に、思想的に偏った様な人や間違った人や危険な人物や心無い人間は余り居ない、少ないと言う事です。

ですので、僕は基本的に聖書(長谷川先生のお嫌いな新共同訳しか持ってませんが)と、そして長谷川先生を信じます。

昔、四国の丸亀教会で1度山地先生にお会いした事が御座いますが、物腰柔和でとても人当たりの良い方でしたけどね。
僕は趣味でクラシック音楽を良く聴くのですが、教団のラジオ放送でバッハやモーツァルト等の教会音楽紹介を過去なさっていたと仰ってまして意気投合して、後に山地先生は放送テープを送って下さいました。

その際に当時の天沼教会の副牧師様ともお会いしましたが、とても感じの良い方でした。

しかし、もし長谷川先生がこちらで喝破・看破なさっておられる事が事実・真実であるとすれば、それは誠に嘆かわしい限りです。

私は親族に会社経営者が多数居るのですが、会社の業績が傾いて来た場合、従業員の賃金カットや人員整理等のリストラに手を付ける前に、先ず社長を始めとする経営陣が賞与完全カット、給与カットするなど率先して身銭を切り、従業員や世間に対し示しをつける事が民間企業経営の常識です。

思えば、当時腐敗し堕落し切っていたローマ・カトリック教会の不正を痛烈に断罪し、公然と反意を掲げて後のプロテスタント諸宗派の源流を造った宗教改革の先駆けであるマルチン・ルター先生は、今ではそれなりに歴史上の偉大な人物として神格化されておりますよね。

長谷川先生もルター先生と同じく、教会の内部に巣食う悪と不正に敢然と闘いを挑んでいらっしゃるのでしょうか。

これからも度々、訪問させて下さい。
っとは言っても、研修医の激務の最中、そう頻繁に訪問は出来ませんが。
そこ等辺は長谷川先生にも御理解頂けると思います。

長谷川先生を心より支持し、応援します。

http://blog.livedoor.jp/neodine2010/

 
    (牧師) 私は学歴主義者ではありませんが学歴主義の意義は理解しております。振り返ってみるといつの間にか地の高い所を通り過ぎてきた事を自覚しています。確かに私は日本の医学部も越え、ロマリンダも越え、この道の専門としてdouble board certificationを取り、アメリカ国内では有名になってしまいましたが、私はそちらの権威を楯にして嵯峨野教会を開いているのではなく、若い日に神の道に身をささげる決心をして以来安息日と神の戒めに歩んできたつまらない一青年信徒として発信を行っています。
山地先生とは三育学院ですれ違っただけで殆ど話をした事がありませんが、千先先生には私が札幌でしがない予備校生をしていた時に小樽教会に呼んでご飯を食べさせてもらったり励ましてくれてお世話になりました。白石先生とは東北教区の青年会集会で会い、その後アメリカに渡ってからも会って話をしましたが、シャープな知性でドライでぶっきらぼうですが心は良い人です。奥さんも芯の通った良い方でした。そういう事はそれでいいですが、教会の運命を分ける問題とは別の事として理解をしてほしいと思います。
嵯峨野教会への訪問は随時歓迎していますが、嵯峨野教会だけでなく、実際の病院の脳卒中Unitとてんかん病棟も拡張中で、それが安定して軌道に乗れば、レジデントの研修や外部からの見学生を受け入れることが出来るようになると思います。そういう訪問も将来御検討下さい。
 
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