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上田先生が義文逃亡の後に学院長になってから、急速に体調を壊し、ある時点で十
二指腸潰瘍か膵臓疾患の様相を呈しました。最初の手術の時には、十二指腸には潰
瘍も癌も発見されず、膵臓炎と診断されました。しかし、その時に大腸に癌と穿孔
があるのが発見されました。大腸の一部が切除されましたが、その後、奇妙なこと
に大腸の穿孔は何度も繰り返し起こり、そのたびごとに彼は衰弱して行きました。
大腸に穿孔が起こる病気と言えば、炎症性大腸炎とかクローン病が考えられますが、
その基礎疾患の病名は不明のままです。これらの病気はストレスが引き金になって
も起こることが知られています。繰り返される大腸の穿孔の結果、上田先生は何度
も手術を受けることになりました。それがとうとう学長を辞任する事になった切っ
掛けはこの初夏に、肝臓に転移悪性腫瘍が確認され、状態も急激に悪化したためで
した。一時、重篤な状態が伝わり、各方面から心配されました。それで一時は余命
6ヶ月と言われ、それでホスピスに入って最後を迎えることが検討されました。し
かし、上田先生はこの時点であきらめず、転移癌のある肝臓の部分を切除する延命
手術に同意しました。その手術は基本的に成功しましたが、術後に肝昏睡を来たし
しばらく意識不明の重態状態が続きましたが、教団は厳重な緘口令を敷いて、そう
いう状況を外部には一切知らされないように腐心しました。これでもう一巻の終わ
りかと思われたのが、上田先生は信徒の陰の祈りにより意識が回復し、立って歩け
るようになるまでになりました。それでようやく、今まで繰り返し行われた手術の
時の様に、回復に時間が掛った事を考慮して、責務を辞する事になったそうです。
そのままお亡くなりになっていたら学院はどういう対応をしたのかと思うと背筋が
寒くなります。祈りの結果か最後の大切除手術と昏睡からの回復後は予想外に調子
がいいというので、「職務再開」できるようになったそうです。とはいうものの、
長時間の仕事は難しく執務室に座っているのが主ですが、それでも周りが心配する
程執務室に長居をしているそうです。こういう場合は本来は学長代行をたてて、治
療に専念する事が出来るようにするのが普通ですが、皆さんもご存知のように三育
と教団は普通の組織ではありませんから、なぜか学校理事会、行政委員会、教団教
育局が完全に職務から離れて加療する事を許さないという模様です。彼は一応今学
年の終わりまで学長である事になっています。状況はかなり厳しいです。
肝臓の癌転移の事実は既に医師から教団にも告げられておりますので、これらの情
報を信徒の皆さんに公開するのはまったく問題が無いと判断されました。情報が教
団上層部に伝えられていながら、教団諮問委員などの政治的な意向で信徒への伝達
を恣意的にブロックしていたのです。嵯峨野教会は教団の政治的守秘義務は神と人
に対する反逆行為とみなします。上田先生の救済と諮問委員の悪巧みを打ち砕くた
めに、もはやこれは公開情報とします。
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