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山形は不思議なことを言っている

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2021年 6月 7日(月)02時27分32秒
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  ライフ6月号にKAHの元院長の山形謙二が不思議なことを書いています。

  1972年、医学を志して留学し、米国のアドベンティズムに出会った時、
  実に大きな喜びと感動を覚えたものでした。それは広く深いアドベン
  ティズムの世界との出会いでした。1970年代は信仰による義やエレン
  ホワイトの解釈を巡って、多くの神学的議論がなされた時代でした。
  それらのただ中にあって、第一線のアドベンチストの神学者たちが信
  仰と祈りのうちに、絶えず新しい真理を求めつつ、神学の時代的課題
  と真摯に取り組んでいる姿を目の当たりにして、非常な感銘を受けま
  した。彼らこそがアソベンチスト神学の地平線を切り開き、より深い
  真理への洞察をしてきたのです。p14,15.


嵯峨野教会牧師である当職がアメリカに渡ったのは1980年6月でしたが、その時アメリカのアドベンティズムは保守とリベラルの凄惨な戦いの真っ只中にあり、信徒はその中で目隠しをされたニワトリ状態でした。教会の中で原則に立とうとする信徒がリベラルな信徒にあざ笑われ、両者の葛藤は激しいものでした。とてもそういう状況を見て素晴らしくて大変な喜びを感じると言うものではありませんでした。わたくしの在学したPUCでも学内のリベラルな学長と原則的教員との間の戦いがありました。デズモンドフォードの事件もありました。当時の日本人の留学生はそういう事には一切無関心でハンバーガーとカリフォルニアの青い空をエンジョイするだけが留学目的のような人も多く、そんなことを心配して日本の教会に波風を立てるなという者もあり、教団関係者に連絡しても、そんなのはいつもの事で今に始まったことではないと言われて(匿名希望曾根田)無視されたり、そんなことに首を突っ込む暇があったら医学部に再入学する勉強をしろ、こちらは奨学金を貸しているんだからな、などと言われました。わたくしはこういう状況を手紙に書いて三育学院のヒリヤード先生に送りましたら、いつからアメリカのアドベンティズムはそんなになってしまったのかと大変驚かれていました。ですから、アメリカのアドベンティズムは山形の言うような素晴らしい喜びと感謝に満ち溢れているというものではなかったのです。私が行った1980は滅茶苦茶で、山形が行った1972年は素晴らしかったのか、と考えてみますと、1970年代半ばというと、アメリカではヘッペンストールなどのリベラル神学者が台頭し、ゲインやハゾーとの対立を深めていたころです。ホワイトライのウオルターリー牧師の背信もこの時代です。そういうこの時代のどこが山形にとって素晴らしかったのか、どこが真摯だったのか(真摯は逸脱を正当化する口実にはならない)、どこに感銘を受けたのか全く定かではありません。物事の両面が見える人ならこの時代のアドベンチズムは激動の大変な時代であり、アドベンチストの価値観とアイデンティティが激しい攻撃を受けていたのです。明日のアドベンチズムがどうなるかという一抹の不安を誰もが抱えていた時に教会にバラ色の未来を描いていた能天気な人はおりません。山形が1970年代に見たアドベンチズムとは一体何だったのか、またアドベンチズムの明日を切り開いている感銘を与えていた彼らとは一体誰の事を指していたのか、ということを山形に尋ねてみたい気もします。脳手術をしてすっからかんに忘れているかもしれませんが。
 
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