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  • もう一つの戦いが終わった

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師メール
  • 投稿日:2010年 7月17日(土)10時39分22秒
 
<日本赤軍>重信被告の懲役20年確定へ
最高裁が上告棄却

7月16日19時55分配信 毎日新聞
 オランダ・ハーグの仏大使館占拠事件(ハーグ事件、
74年)で殺人未遂罪などに問われた元日本赤軍最高幹部、重信房子被告(64)の
上告審で、最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)は15日付で被告側の上告を棄却す
る決定を出した。懲役20年とした1、2審判決が確定する。弁護人によると、重信
被告は昨年2月に大腸がんの摘出手術を受け、現在も治療を受けている。16日に東
京拘置所で接見した際は、治療中であることを感じさせない様子で、決定に抗議して
早期釈放を求め、「元気にメンバーや友人たちと再会し、アラブに残した宿題をした
い」と話していたという。

 1、2審判決によると、重信被告は74年、日本赤軍メンバー3人と共謀し仏捜査
当局に身柄を拘束された別のメンバーの釈放を求めて仏大使館を占拠、拳銃を発射し
警察官2人に重傷を負わせた(殺人未遂、逮捕監禁罪)。 また同年、メンバーを他
人名義で出国させるため、偽造申請書で旅券を取得。97~00年には自らが他人を
装って旅券を取得し、関西国際空港から16回の出入国を繰り返した(有印私文書偽
造・同行使、旅券不実記載罪、旅券法違反)。71年に出国した重信被告を中心にレ
バノンで結成された日本赤軍は、マレーシアの米大使館を武装占拠したクアラルンプ
ール事件(75年)、インド上空で日航機を乗っ取ったダッカ事件(77年)などを
起こした。

ハーグ事件で国際手配された重信被告は00年、潜伏先の大阪府高槻市内で逮捕され、
起訴後の01年に日本赤軍解散を表明した。裁判ではハーグ事件への関与を否定し無
罪を主張したが、1、2審は実行犯との共謀関係を認定した。【伊藤一郎】





ご存知であると思いますが、嵯峨野教会ではメシアニックのホーム
ページと掲示板を運営していました(掲示板は休止中)。そこでイ
スラエルの祝福の話を書いていた所に突然日本赤軍を名乗る者から
投稿があり、反イスラエルの威嚇をしてきたのです。残念ながら
そのログは残っていませんが、私はIPを警視庁に通報しました。

それから三ヶ月経った、あれは2000年の5月の事でした。
私は神経内科のカンファレンスがあってワシントンDCに行きました。
私はLogan Circleから近い会場となったホテルに宿泊しました。

カンファレンスの会場となったホテルから3ブロックほど離れた所に大
きな古書ショップがありました。夕方に講義の終わったあとで私はホテ
ルを出て気晴らしの散歩ついでにその古本屋に行ったのです。その古本
屋は大きな古い建物で、中には書架が何列にも並び、上から吊り下げら
れた裸電球の下にはありとあらゆる種類の大量の古書がありました。ワ
シントンDCはアメリカの首都ですから、当然政治思想関係の古書のコ
ーナーはあらゆる言語の政治関係の古書が雑然と並んでいました。私は
そのコーナーの政治思想書の棚の中に、たまたま日本語の活字の背表紙
タイトルの本を見つけました。それはなんと「日本の学生運動の歴史」
というものでした。いくら世界帝国の首都であるワシントンDCですら、
こんなオタクめいた本を読むようなアメリカ人なんているものか、と怪
訝に思いましたが、もっと奇妙に思えたのはその棚で日本語のタイトル
の本はそれだけだったのです。少し変だなと思いながら、私はその位牌
のような背表紙の本を棚から引き出して、ページをめくって読み始めた
その時、

「パラリ」

と一枚のメモ用紙が本の中から出てきて床に落ちました。
私はそれを本の中に戻そうと拾い上げて、それを見てびっくり仰天しました。
そこには鉛筆で日本語でこう書いていたのです。

 「世界革命の同志を募る。下の電話番号に連絡されたし
  日本赤軍  電話 04XX-XX-XXXX」

電話番号は埼玉県の市外局番でした。メモをじっと眺めながら私は冷や
汗が静かに流れてくるのを感じました。私はそれを持ち帰って自分で面
白半分に電話を掛けてみたいような誘惑に駆られましたが、よく考えて
みて、自分が個人的にコンタクトをとる経験をしても恐らく誰の為にも
益になるものは何もあるまい、もっと別な利用法を考えよう、と思い直
し、そのメモをもとあったページに挟みこみ、もとあった書架の同じ位
置に置いて、その本のある書架の位置と本のタイトルと紙が挟まれてい
たページ番号を他の紙にメモしました。ホテルに戻った私はインターネ
ットをつないで、警視庁のHPにアクセスし、そこからメールで自分の
見たものを報告し、その古書ショップの住所、件の本のある書架のショ
ップの中の位置、メモが挟まれている本のページ、などを書いて、警視
庁のワシントンDC駐在の係官にすぐ行って確認するように依頼をしま
した。自分で鉛筆書きのメモを「こんなのありました」と言って交番に
持ってゆくより、そちらのほうが情報価値が高いと見做されるからです。

それからしばらく警視庁からは何も返事はありませんでしたが、同じ年
の夏の終わりごろになって突然警視庁からEメールがあり、「貴重な情
報の提供を有難うございました」というメッセージがありました。それ
が何を意味していてなんの役に立ったかの説明は何もありませんでした。

重信房子が逮捕されたのはそれから間もなくのことでした。