• [0]
  • 教会の音楽とは

  • 投稿者:管理者
 
教会で聞かれるべき音楽について気長に考えます。

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

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  • [40]
  • そこまでやるか、リベラル教会

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2021年10月13日(水)07時02分13秒
 
ある時保守的なSDA教会の牧師が、カロライナのとっ外れてリベラルな
セレブレーションのSDA教会を訪れた時、そこの牧師がメタルエレキギター
にエルトンジョンのようなギンギラ服にグリーンのロングブーツを履いて
講壇に現れて、献金の時間に、ピンクフロイドの「MONEY」を演奏して
若者が盛り上がったのだそうです。この教会も世紀末の様相です。

MONEY
https://www.youtube.com/watch?v=Kjgwjh4H7wg

  • [39]
  • 詩篇23篇

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2021年 8月17日(火)18時09分34秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=CahZhzNndd8

  • [38]
  • 詩篇146篇

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2021年 8月 8日(日)09時03分21秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=YzCeQfNhlQw

  • [36]
  • 賛美とは体を動かすことも含まれる

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2021年 7月18日(日)21時12分56秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=mZ_nbinWkvE

賛美とは体を動かして神と人をともによろこばせる事である。

  • [35]
  • 現代キリスト教会の音楽

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2021年 7月16日(金)23時38分49秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=ziI-Vg138s8
異教迎合主義の結果
嵯峨野教会牧師
   >*視野狭窄でもあるな。
   >旧約聖書では、太鼓・タンバリン・笛・歌・ギターのような弦楽器が、
   >また、歌ではないが、踊りも、よく旧約聖書には記述されている。
   >SOSTV作のY.T.のようだが寝。瞑想は大切なことでもある。
   >キミは、音楽のことを殆ど知らないようだね。単に、Vn.が弾けるだけ
   >では、はじまらんよ。
賛美にはいろいろな楽器が使われるのは誰しもが知るところである。ピアノだろうがVnであろうがパイプオルガンであろうがハープシコードであろうが関心を自己に向けさせるような音楽は賛美にふさわしくない。悪霊が催眠恍惚状態に人々を誘導するビート音楽もあれば、見栄や体裁を飾るクラッシック音楽もある。いかなる音楽であれ、神に栄光を帰さない音楽は同等に排除される。またダンスも礼拝のうちである。それは聖書から学べることである。メシアニックジューの礼拝は敬虔なダンスの参加がある。ダビデが力を込めて踊ったと言う聖書の故事にある通りだ。このビデオは音楽が感情に訴える表面的な問題ではなく、どこに礼拝にふさわしくない問題があるのかを指摘している。林の石松は音楽の表面的な事ばかりで、賛美の音楽の深みを全く知らない。どうやらこいつはセレブレーション迎合主義者のようである。極上の音楽を優秀なオーディオシステムで聞いて瞑想の代替にしているような世俗的な者に教会音楽が論じられるものか。いう事がまるで木岡的である。なあ木岡。

  • [34]
  • sdaのものです

  • 投稿者:谷川鹿男
  • 投稿日:2021年 7月16日(金)10時17分52秒
 
https://youtu.be/X_WwAFOM74E
嵯峨野教会牧師
健康関連のスレッドへの移動をおねがいします。

  • [33]
  • うっぜえうっぜえうっぜえわ(バッハ版)

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2021年 6月11日(金)04時41分35秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=9aFUuHIdV1o
また少し練習しなくちゃな。w

  • [30]
  • Zion tamati

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2021年 2月 4日(木)09時03分1秒
 
シオンよ、汝を忘るることあらば
https://www.youtube.com/watch?v=E8PAZEfl4jI

  • [29]
  • Lecha Dodi 決定版

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2020年12月28日(月)21時53分16秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=lRs7wXrGeXc

  • [28]
  • エンゲディ砂漠の歌

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2020年 8月 8日(土)06時58分11秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=PokmSMj9pzI

エンゲディはイスラエルの歴史において非常に重要な意味を持つ場所です。
恐らくあなたにとっても。あなたのエンゲディはどこですか。

  • [26]
  • エルサレム・ゴールド

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2020年 7月 6日(月)02時43分32秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=5OeIDPlbNns

間もなくエルサレムは世界の注目の場になります。
良い意味でも悪い意味でも!
嵯峨野教会牧師
Avir harim tzalul kayayin
Vereiach oranim,
Nisa beru'ach ha'arbayim
Im kol pa'amonim.

Uvetardemat ilan va'even
Shvuyah bachalomah,
Ha'ir asher badad yoshevet /nitzevet
Uvelibah chomah.

Chorus:
Yerushalayim shel zahav
Veshel nechoshet veshel or
Halo lechol shirayich ani kinor.
x2


Eicha yavshu borot hamayim
Kikar hashuk reikah,
Ve'ein poked et har habayit
Ba'ir ha'atikah.

Uvame'arot asher basela
Meyalelot ruchot,
Ve'ein yored el yam hamelach
Bederech Yericho.

Chorus:

Ach bevo'i hayom lashir lach
Velach lik'shor k'tarim,
Katonti mitze'ir bana'ich
Ume'acharon ham'shorerim.

Ki shmech tzorev et hasfatayim
Keneshikat saraf ,
Im eshkachech Yerushalayim
Asher kulah zahav...

Chorus:

Chazarnu el borot hamayim
Lashuk velakikar,
Shofar kore behar habayit
ba'ir ha'atikah.

Uvame'arot asher baselah
Alfei shmashot zorchot,
Nashuv nered el yam hamelach
Bederech Yericho!

Chorus...


The mountain air is clear as wine
And the scent of pines
Is carried on the breeze of twilight
With the sound of bells.

And in the slumber of tree and stone
Captive in her dream
The city that sits solitary
And in its midst is a wall.

Chorus:
Jerusalem of gold
And of copper, and of light
Behold I am a violin for all your songs.
x2


How the cisterns have dried
The market-place is empty
And no one frequents the Temple Mount
In the Old City.

And in the caves in the mountain
Winds are howling
And no one descends to the Dead Sea
By way of Jericho.

Chorus:

But as I come to sing to you today,
And to adorn crowns to you (i.e. to tell your praise)
I am the smallest of the youngest of your children (i.e. the least worthy of doing so)
And of the last poet (i.e. of all the poets born).

For your name scorches the lips
Like the kiss of a seraph
If I forget thee, Jerusalem,
Which is all gold...

Chorus:

We have returned to the cisterns
To the market and to the market-place
A ram's horn calls out on the Temple Mount
In the Old City.

And in the caves in the mountain
Thousands of suns shine -
We will once again descend to the Dead Sea
By way of Jericho!

Chorus...


  • [25]
  • Heretic swingers

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2020年 7月 4日(土)07時33分9秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=_JuhYFvVEc0

正直なところ、天国に行ったらこのような音楽を聞かされると思ったら凹む。
嵯峨野教会牧師
ヘリテージシンガーズは軽すぎます。
韓国のゴールデンなんとかもその二番煎じです。

  • [24]
  • 残りの民は世界から集められる

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2020年 7月 4日(土)07時27分25秒
 
この歌はイスラエルの民が再び集められるように、霊のイスラエルである我々が残りの民の教会に集められることを予表しているようだ。

https://www.youtube.com/watch?v=l8DUGC8S3zk

  Goral echad sam otanu kan
  Ba'aretz hazot
  Nisinu livro'ach nisinu lishko'ach
  Velo yacholnu la'azov

  Nasanu rachok me'ever layam
  Haya lanu tov aval chazarnu misham
  Nisinu lifro'ach be'adama zara
  Velo yacholnu la'azov

  Goral echad sam otanu kan
  Ba'aretz hazot


  一つの運命がわたくしたちを一つの国(教会)に集めた
  わたくしたちはその運命から逃げようとした
  忘れようともした
  しかしわたくしたちは逃れられなかった

  わたくしたちは海のかなたの遠い国に散らされ
  そこで楽しく過ごしていたがやがて帰って来た
  わたくしたちは異邦の国で花を咲かせようとした
  そしてそこから離れられなかった

  一つの運命がわたくしたちの前に置かれている
  この国に



  • [23]
  • 二千年前から

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2020年 1月 4日(土)23時11分19秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=bkObTTDhu2A&feature=emb_logo

  • [22]
  • What is music for human being to start with?

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2019年11月 5日(火)05時27分17秒
 
https://academic.oup.com/brain/article/142/11/3655/5575912

  • [21]
  • 友よ 安息日に来たれ 来たれ

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2019年 7月 5日(金)09時36分24秒
 
対訳付

https://www.youtube.com/watch?v=7KGgvrAgqLo&fbclid=IwAR2HmtItzLgtmVkWxekBdx8nTBLEoCCHfZDW-YIIdz_ydOQVTBigEaHK5kk

  • [20]
  • 人を馬鹿にしている教会音楽

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2019年 1月31日(木)20時26分46秒
 
  >243 :神も仏も名無しさん:2019/01/31(木) 15:16:57.49 ID:qbwyXjpbx
  >何を○○なことをヌカしているのやら・・・
  >
  >韓国渡来のロック擬きのKポップ讃美歌礼拝には辟易します。
  >信徒はKポップを聴くために教会に行っているのではありません、崇高なる
  >神を拝するために集っているのです。
  >
  >癌細胞はジワジワと健康な體を蝕んでいきます。
  >昨今の日本に於ける癌細胞種の増殖には目にあまるものがあります。それは
  >政治家、マスゴミ、更には宗教(キリスト系)界においても顕著であります。
  >因みにKポップとは「大韓POPs」と呼ばれる大韓民国の大衆音楽です。


安息日の職場や学校の問題や結婚の激しい信仰の戦いをして命がけで
安息日に集ってくる人もいるというのに、その教会で某国の世俗音楽
を讃美歌として聞かせられるなんてたまったものではありませんね。
センサキの浪花節といい勝負です。信徒を馬鹿にしていると思います。


  • [19]
  • SDAとは霊的ユダヤ人である

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2019年 1月 6日(日)11時34分53秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=oxzR9Z-kG6Q

そのことをこれから聖書から確認してゆきたい。

  • [18]
  • キリストの兵士

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2016年 7月26日(火)08時06分42秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=wti8E-dQsu8

我々は時々自分がどうしてSDAに召されたのかという摂理の意味を忘れていないか。
キリストに助けてもらう事ばかりで、キリストの為に命を捨てる事を忘れていないか。

  • [17]
  • 不思議な指摘

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2015年 4月26日(日)04時39分21秒
 
『音楽の本質と人間の音体験』音楽教育の基礎より

人間の音楽的発展は、そもそもどのようなものでしょうか。霊的なものの体験から発するものです。音楽のなかに霊的なものが現存することから発するのです。霊的なものは失われ、人間は音の形象を保つのです。

のちに人間は音を、霊的なものの名残としての言葉と結び付け、かつてイマジネーションとして有した楽器を物質的素材から作ります。楽器はすべて霊的世界から取って来られたものです。

楽器を作るとき人間は、もはや霊的なものが見えなくなったことによって空になった場所を満たしたのです。その空の場所に楽器を据えたのです。

音楽においては、唯物論の時代への移行がどのようにおこなわれるかが、ほかの領域よりもよく見てとれます。楽器が響くところには、かつて、霊的な実在があったのです。

その霊的な実在は、古代の霊視力から消え去りました。しかし、人間が音楽的なものを客観的に持とうとするなら、外的な自然のなかにはないものを必要とします。外的な自然は人間に、音楽のための相関物を与えないので、人間は楽器を必要とするのです。

                                      シュタイナー

  • [16]
  • 「恐れるな、タマル」

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2014年 9月14日(日)11時39分26秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=2QdezenSM48&index=5&list=PLyVA1nC9pBlq-shWYA7RO_gLcERQ_NGZB



vineyard Yemen moon floating
wind pure-blowing.
, and I dress Saturday
on doorsteps sitting. import recipients, young and beautiful eyes, sing it I and applaud. bustling with me in my heart ... hes, do not wake the mother ... Do not be afraid, Tamar, mother knows already. Bdirtino sit, Tamar, speech bridegroom remedies - and only wear expensive silk and play for the radio. Eat Pistachios and chants will play two sweet the bosom rev. give your hand to touch her ??... Do not Wake Daddy ... Do not be afraid, Tamar, Father already knows. vineyard Yemen moon sailing, pure wind blowing. pair of eyes at once cool flame me. strikes me in the heart, the percentage And do not move me, I must turn my head and not know why. , and soul-shaking, and my return was afraid ... Do not be afraid, Tamar, it will be tomorrow!


  • [15]
  • (神にあって)事は可能です

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2014年 8月12日(火)12時02分55秒
 
{歌}
https://www.youtube.com/watch?v=w7Md9HJwLz8
(歌詞)
http://www.hebrewsongs.com/song-henefshar.htm

(教訓)
教会の音楽とは単に美しいのではなくわたしたちの信仰と希望をアップリフトして高めるものでなければならない。

  • [14]
  • 拾い物

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2014年 6月17日(火)19時29分30秒
 
https://www.youtube.com/watch?v=Sqtrogjqaa0

2007年のパイオニアメモリアルチャーチの録画だそうです。
まだこの頃はしっかりした日本人留学生がいたということですね。

  • [13]
  • (無題)

  • 投稿者:N.T
  • 投稿日:2013年 1月 7日(月)02時00分42秒
 
中原って誰だよ?笑
俺はM田だよ。

  • [10]
  • うーん

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2012年11月24日(土)14時08分51秒
  • 編集済
 
クリスマスを祝って何がおかしいのか、と居直る牧師が多いそうです。
私がそこにいたら血の気を失うまで激しく譴責してやめさせます。

  • [9]
  • 教えてください

  • 投稿者:QVDメール
  • 投稿日:2012年10月 3日(水)16時15分20秒
 
伝道に託つけて、様々な異教の行事を取込む事がお盛んな日本のS.D.A.の教会や集会所で、「クリスマスなんてしていません、もちろんイースターは論外です」、この様な正統派を歩んで居られる所は有るのでしょうか?
もし有りましたら、お教え下さい。



  • [8]
  • 非霊的な希望の賛美歌と歌い方

  • 投稿者:風鈴 Kメール
  • 投稿日:2012年 8月19日(日)22時08分58秒
 
ジョンウエスレイ チャールスウェスレイは 『 霊的に歌いなさい 』と言ったことは余りにも当然です。ところが今のsda 教会はまるで葬式会場にいるようなものです。元気なく明るくなく目は下を見てボソボソ状態。またアーメンも全く悲しいアーメン。賛美歌選者はもう少し考えてください。我々はSDA教会です。あなたは一体何処のしんとですか?

  • [7]
  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2012年 5月 8日(火)19時21分25秒
 
警告の使命を忘れずに

  • [6]
  • 「聖者が街にやってくる」のモチーフは黙示録!

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2012年 4月30日(月)05時26分18秒
  • 編集済
 
日本でも有名なルイス・アームストロングの歌「When the Saint Go Marching In」
の全歌詞を読んで驚いたことは、これは新約聖書黙示がモチーフだったのです。

 O whien the Saints go marching in
 When the Saints go marching in
 O Lord I want to be in that number  (黙示録14章、獣の像と刻印に勝利する144000!)
 When the Saints go marching in
 聖徒が街に進み入る時
 聖徒が街に進み入る時
 主よ、私はその数に数えられているでしょうか  (その数は特定の数144000をさしている)
 聖徒が街に進み入る時

 When the moon turns red with blood (黙示録6:12)
 When the moon turns red with blood
 O Lord I want to be in that number
 When the Saints go marching in
 月が血の色に変わるとき
 月が血の色に変わるとき
 主よ、私はその数に数えられているでしょうか
 聖徒が街に進み入る時

 O when the trumpet sounds the call   (黙示録8:2~11:19)
 O when the trumpet sounds the call
 O Lord I want to be in that number
 When the Saints go marching in
 ラッパの音が鳴り渡るとき
 ラッパの音が鳴り渡るとき
 主よ、私はその数に数えられているでしょうか
 聖徒が街に進み入る時

 When the revelation (revolution) comes
 When the revelation (revolution) comes
 O Lord I want to be in that number
 When the Saints go marching in
 黙示録(革命)が成就するとき
 黙示録(革命)が成就するとき
 主よ、私はその数に数えられているでしょうか
 聖徒が街に進み入る時


日本ではそこまで深く紹介されていないから、これが聖書の終末論信仰に基づくものと
は夢にも思われていません。それを大衆に語り伝えるのはセブンスデーアドベンチストです。
牧師
アメリカ映画では、黒人が泣きながら葬列でこの歌を歌っているものがあります。
日本人にはこの歌の精神的背景が殆ど伝えられていないと思います。

  • [5]
  • KADOSH

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師メール
  • 投稿日:2012年 1月25日(水)07時41分35秒
 
http://www.youtube.com/watch?v=CJX43l9-Qx0

  • [4]
  • Francisco deAraujo

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師
  • 投稿日:2011年12月15日(木)05時45分14秒
 
Francisco J. de Araujo

1934 -

Francisco de Araujo, noted choral conductor and pianist in the Seventh-day Adventist church, enjoyed a career that in six decades earned him praise from music critics and governments around the world. It was a remarkable musical journey, far beyond his wildest imaginings as a child.

Araujo was one of seven children born in the United States to immigrants from the Portuguese Azores. Although the family was poor, from his earliest years, Francisco was consumed with a passion for music and fascinated by the piano. His first access to a piano happened when the family became Seventh-day Adventists and joined the Taunton, Massachusetts, church.

The family would arrive early for church so the young boy could enjoy a half-hour of playing by ear before members started arriving. He also spent time with the piano at church school during recess and after school.

In his high school years, winnings from temperance contests enabled Araujo to buy his first piano and a year of piano lessons. Following graduation from high school, he entered Atlantic Union College, where he studied piano under Virginia-Gene Rittenhouse who guided and inspired him in his musical development. It was a challenging and at times discouraging experience for Araujo because of his lack of previous training, but he was determined and succeeded. It was the beginning of a relationship for teacher and student that has continued for over fifty years and resulted in numerous successful musical collaborations.

He graduated from AUC in 1955 with a B.A. in music, the only sibling in his family to complete college. His father, who had wanted Francisco to be a pastor, sold his house to pay for his son's education and then spent the rest of his life living in apartments. While at AUC, Francisco met a talented violinist and they married as he graduated. They then began work at Blue Mountain Academy, a school that had just opened in western Pennsylvania.

At the end of their first year at BMA, they were invited to teach at Washington Missionary College, now Columbia Union College. Although his assignment was to teach just piano students at the college, he began conducting a choir at the nearby SDA Theological Seminary.

Later that year, Araujo formed an oratorio society and began preparing Felix Mendelssohn's Elijah for a performance to be given in the spring of 1957. Rittenhouse came to Washington as the time of the concert neared and formed an orchestra to accompany the chorus. It was the first of many choral-orchestra concerts they would prepare and present in the next half-century.

In the middle of that school year, the Araujos were approached about going to Japan to teach music at Japan Missionary College, a school that had not had a music program for the past six years. Although they had talked between themselves about serving as missionaries, they at first refused, citing several reasons why they could not accept that position. One reason was that Francisco had already started work on a master's degree at Boston University and he feared those credits would expire while they were away. Additionally, his degree required a year of residency.

They were asked to reconsider their decision and were encouraged to find ways to overcome the reasons they had listed. Araujo approached BU with a request that they waive the residency requirement and allow him to accelerate his graduate work by completing the remaining classes, write three required major papers, give two recitals, and complete his program by the first part of 1958, less than a year away. In the end BU gave permission and the other obstacles were cleared. By the time the family set sail for Japan in April 1958, Araujo had completed requirements for an M.Mus., which he would officially receive in 1959.

The experience in Japan was a pivotal one in his career. From the first, Araujo's work with the choir, in spite of the students' limited prior experiences in music, inspired the students, thrilled audiences, and amazed music critics. As the program developed and the entrance requirements and demands for choir members became more rigorous, the acclaim for the choral program and the witness it provided for Christianity profoundly affected both the region and the nation.

It had only been 13 years since the end of World War II and the defeat of Japan by America. There were strong undercurrents of resentment and a sensitivity about anything that appeared to promote American culture and Christianity. Araujo's emphasis on quality performance of the monumental sacred works in Western classical music, however, opened doors in the musical world and created opportunities for removing those barriers and creating goodwill in large segments of the population.

On the heels of the early successes with his first choir at JMC, Araujo, wanting to raise the performance level, had established the Japanese Choral Society, a more selective ensemble. Through his work with this group and its concerts, many in the leading concert halls in Tokyo and other cities, and a relationship and joint endeavors that developed with music ensembles at Nagoya University, Araujo gained national attention for both JMC and NU.

Following a return after a five-year furlough, Araujo reorganized the choral program to include not only a 45-member JCS but also a select 16 member motet choir, a large oratorio society, and a junior choir. A concert in 1965 by these ensembles in the largest concert hall in Tokyo, the Metropolitan Festival Hall, an ultimate aesthetic and acoustic venue seating 3,000, was a resounding success. The leading Japanese music critic hailed it as a "magnificent performance," as well as an unaffected spiritual experience.

Also seated in the audience that night was the president of the Far Eastern Division of SDA's. What he saw and heard moved him to suggest to Araujo that the Japanese Choral Society should perform at the next General Conference Session in Detroit in 1966. By year's end, the division had voted to send the choir to America, where it would not only perform in Detroit but tour across the U.S.

When the group left for America in April, they included a stop in Hawaii, where they sang a number of times and participated in a moving ceremony at the Arizona Memorial at Pearl Harbor. Arriving in Los Angeles on April 18, they began a three-month, 200-performance tour, singing to critical acclaim to thousands in major concert halls and numerous churches; at colleges, universities, and music conservatories; and before governors, mayors, and other dignitaries, as well as at the United Nations. It was a memorable once-in-a-lifetime experience for those who heard them sing and for the students.

From the beginning of the tour, the choir knew this would be their last experience with Araujo and that they would go their separate ways when the tour ended in Oregon in July. It was an emotional farewell between conductor and students, whose lives had been profoundly affected by participation in the choral program under his leadership. Several of his choir members would become leaders at the highest level in the church in Japan.

Araujo settled in the Washington, D.C., area where founded the National Adventist Choral Society in the late 1960s and the Alexandria Choral Society in 1970. In 1973, he was appointed music director of the Washington Chamber Players and Singers, which debuted at the J.F. Kennedy Performing Arts Center.

During this time, Araujo became interested in religious musical theater. His first venture in this area was a critically acclaimed production of Gian Carlo Menotti's Amahl and the Night Visitors. Staged productions of the Elijah and Ottorino Respighi's Laud to the Nativity followed.

In December 2006, Araujo presented for the first time in the U.S., A Bethlehem Nativity Drama. Presented in the Washington area, it is a dramatic presentation of the nativity, given by Araujo nearly 100 times in Beit Sahour, just outside of Bethlehem. The work includes nearly 75 actors, live animals, including camels, horses, and sheep, and a full scale authentically designed set.

Through the years, Araujo's presentations of major choral works have elicited rave reviews from critics in Washington and elsewhere. In 1980, Egypt's President, Anwar Sadat, invited him to guest conduct its National Orchestra and Chorus in a concert to celebrate the second anniversary of the peace initiative between Egypt and Israel. In 1981, he presented a Passion Play at the Mount of Olives, a resounding success that was featured on the front page of the New York Times

In 1994, Araujo led his Camerata Nuove Singers and Orchestra in a televised performance of Handel's Messiah at the Church of the Nativity in Jerusalem. When everyone stood for the playing of the Hallalujah Chorus, it was hailed as a wonderful ecumenical moment that briefly obliterated all religious barriers. This was followed by a concert two days later in Jordan to launch the king's birthday celebration. Two years later, Araujo was in Jordan again to conduct Beethoven's Ninth Symphony, in celebration of a newly signed peace treaty with Israel.

As a new century began, Araujo's work with choirs and orchestras continued unabated. His Pro Arts International, a 55-member touring choir based at AUC, where Araujo was listed as an assistant professor, was formed in 1999. It included choir members from 24 countries and sang numerous times, performing music drawn from all ethnic cultures as well as traditional classical literature. Highlights in travels for this group included a 2000 tour in Mexico at the invitation of then President Ernesto Zedillo Ponce de Leon, an appearance that summer at the General Conference Session in Toronto, Canada, and another presentation of the Messiah in Bethlehem in February 2001.

In April 2003, the PAI joined forces with the Collegiate Chorale from Columbia Union College, an expanded orchestra, and soloists to present Rittenhouse's The Vision of the Apocalypse at John F. Kennedy Center for the Performing Arts in Washington. The performance was given again in March 2004 at Carnegie Hall.

Araujo is now retired and living in Massachusetts.



ds/2010



The full story of Araujo's experience in Japan and the tour taken by the Japanese Choral Society in 1966 is preserved in Crimson Coats and Kimonas by Herbert Ford, 1968, Pacific Press Publishing Association.

http://www.iamaonline.com/Bio/Francisco%20J.%20de%20Araujo.htm


  • [3]
  • エルサレムゴールド(再掲)

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師メール
  • 投稿日:2011年 6月17日(金)11時50分7秒
 
ナオミ・シェメルの作ですが、今やエルサレム市の市歌となっています。
http://www.youtube.com/watch?v=Q1xhDxpxsf0
牧師
天沼教会などの特賛の定番となっている「エルサレム」の歌よりも、よほど宗教的です。誰かこの歌に流麗な日本語の歌詞をつけて教会で歌ってみてください。

  • [2]
  • 安息日

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師メール
  • 投稿日:2010年 8月26日(木)07時58分7秒
 
最後のメッセージが感動的ですね。

「 ユダヤ人は安息日を守ってきたが

 ユダヤ人を守ってきたのは安息日である」

セブンスデーも安息日によって守られ、生かされているでしょうか?
それがシビアに問われます。
教会の特別賛美歌も、パフォーマンスが重要なのではなく、
訴えるものがなければなりません。
特別賛美歌に拍手するのではなく、神に栄光を帰しましょう。

  • [1]
  • いきなり本質に斬り込む動画

  • 投稿者:嵯峨野教会牧師メール
  • 投稿日:2010年 8月22日(日)09時49分51秒
 
http://www.youtube.com/watch?v=ZaIviASmllI&feature=feedrec